『赤毛のアン』はダメらしい…(知財高判平18・9・20)

赤毛のアン』という登録商標は無効だそうで(※こちら)。「万人の共有財産であるべきタイトルについて、著作物と無関係な者が出願して独占的に商標を使用することを認めるのは相当ではない(塚原裁判長)」とのこと。ちなみに、この記事に気付いたのはhamtaro氏のエントリから(※こちら)。う〜ん、理系の友人から教えを受ける罠…(苦笑..)。彼は僕のRPのテーマが商標法であることを知っててリファレンスしたんだろうか?(←だとしたらアリガトウ!)。判決文が出ていないので、とりあえず速報的に感想など。(※9/24付記:判決を読みました。「雑感」の形でカンタンにまとめました。→こちら)

【1:著作物】まず、『赤・毛・の・ア・ン』という「タイトル5文字」それ自体は創作性がないので著作物にはなりえないと思われる。英語の原題であってもおそらく同じ。加えて、モンゴメリが死んで何年経ったのか知りませんが(実はご存命というオチではあるまいな…??)、仮に著作物だとして、権利が存続しているとしても、カナダの州政府が著作権者ではない様子。従って、本件請求は小説『赤毛のアン』の著作権云々とは直接的には関係がないのではなかろうか(判決も「文化的遺産」と曖昧な言い回しになっている)。この点は要確認。「万人の共有財産であるべきタイトルについて、著作物と無関係な者が出願して独占的に商標を使用することを認めるのは相当ではない」という判示だけど「著作物と無関係な者」の部分はよく分からない。「万人の共有財産」であるなら、著作権者本人の出願はどうなるんだ?著作権の存続期間満了後も「赤毛のアン・グッズ」を元の著作権者が独占する帰結に対して裁判所はどう考えているのか?そういうのはオーケーなのかダメか?(多分ダメだろう..)。「ハムレット」「風と共に去りぬ」「坊っちゃん」「伊豆の踊子」の商標権行使も気になるところ。権利者はガクブルだよねぇ..
 
【2:著作物と商標権】従来、裁判所は他人が著名な著作物を冒用して商標登録を受けた場合でも、それを「公序良俗(4Ⅰ⑦)に反するので登録は無効!」とは言わなかった。例えば東京高判平13・5・30[キューピー③事件(篠原裁判長)]では「出願された商標が他人の著作物を侵害しているか否かを技術官庁の特許庁に判断させるのは酷である。そのような判断は審査官の大量迅速な審査にはなじまない。仮に登録されたとしても、出願前に生じた著作物については、排他権を行使できないので(29条)、不当な結果とはならない」という判断がなされている(ちなみに上告も棄却)。このように従来は、登録は認めつつ、権利行使の段階で調整する処理の方が多かった気がする(例えば権利濫用で権利行使を制限するなど)。この点、[赤毛のアン]は登録自体を無効としてしまっているので、「思い切った判断ですねぇ」という気はする。解釈によっては「最判の部分的修正」と読むことができるかも。
もっとも、[赤毛のアン]と[キューピー]の両事案を比較した場合、とりあえず次の3点が異なる。

  • ①著名性への言及:赤毛のアン]は「世界的に著名で、評価や名声を保護することが国際信義上要請される場合」という限定を加えている。著名性を有するものであれば、つまり「誰でも知ってる作品」に限定すれば、[キューピー]がいうような「大量で迅速な処理」の妨げにはならないはず。従って、著作物冒用ケースは[キューピー]を原則とし、例外的に著名なものについては[赤毛のアン]で行け!ということかもしれない。でもキューピーも「世界的に著名で、評価や名声を保護することが国際信義上要請される場合」に該当しそうなので、よく分からない…(「文化的遺産」とまでは言えないっぽいけど..)。
  • ②図形商標:[キューピー]は(よく見かける例の)「キューピーさん」の図柄(図形商標)が問題となった事案であり、複製権侵害・翻案権侵害・二次的著作物の判断等が要される。確かにそのような判断を特許庁にやらせるのは酷。従って[キューピー]が立てた規範は、一般的な書き方ではあるものの、その射程は「図形商標」に限定されるのだ、と理解できるかもしれない。『赤毛のアン』のように「読めば分かる」ものは特許庁レベルでアウトですよと。もっとも、「世界的に著名で、評価や名声を保護することが国際信義上要請される」ような「図柄」(←パッと思いつかないけど、十分ありそう..)についてはどうなるのか?という疑問は残る。
  • ③変な人が負ける:赤毛のアン]と[キューピー]では「変な人」が逆になっている。[赤毛のアン]は「まともな人(=州政府)」が「変な商標権者」を訴えた事案であり、[キューピー]は「変な著作権者」が「まともな商標権者(=マヨネーズのキューピー社)」を訴えた事案。つまり「変な人は負けます!」という意味では平仄が取れている。嫌がらせっぽい人を「公序良俗」というマジックワードを柔軟に運用することで負けさせる(=妥当な判断に落ち着かせる)ということか?

…以上です。「早く判決が読みたいなぁ〜」と。[赤毛のアン]が[キューピー]を修正したものだとすると、結構オモシロイかも。つまり「時代が変わったので、これからは出願態様に悪性や背信性が感じられなくても、他人の著作物を冒用して『便乗商法』を企てる輩は、(権利行使レベルはもとより)登録レベルでも積極的に叩きますよ!」という価値変化なのかもしれない。キチンとまとめれば、評釈の価値はありそうですね。