「未必の故意」とは…?

今朝の朝日新聞裁判員制度の導入に備えて、難解な法律用語をわかりやすく言い換える作業に、日弁連が取り組んでいるそうな。


http://www.asahi.com/national/update/0114/TKY200601140270.html


「1面トップで扱うような記事なのか?」という気持ちはさておき、やっぱり法律用語は難しいんだなぁと再認識。「合理的な疑い」なんて日常用語だと思ってるし(←こーゆー感覚がそもそもオカシイのだろう…)。でも「分かりやすく言い換える」って言っても限度があるし、条文中で使われる単語は直しようがないよなぁ(直すと不正確になってしまう)とか思ったり。

記事によると、1番正答率が低かったのは『未必の故意』らしい。これ、確かに分かりづらいですね。記事中では「(殺意の場合)必ず殺してやろうとまで思わなくても、死ぬなら死んでも構わないと思うこと」って解説されてる。まぁ、そういうことです…。でもこれでもまだ分かりづらいかと思うので、「法学部ジョーク(?)」を交えて、ちょこっと解説してみましょう。

未必の故意
(1):例えば、「人を殺す」ことを考えてみましょう。大きく2つの場合が考えられます。「わざと殺す場合」と「間違って殺す場合」です。前者はわざとなので「故意があった」とされ、後者は間違って殺しちゃったに過ぎないので「故意はない」とされます。刑法には「故意処罰の原則」というのがあって(刑法38条1項)、原則としてわざとやった行為しか処罰されません。例えば、他人の家の花瓶を間違って割っちゃっても器物損壊罪(261条)にはなりません(ただし、損害賠償、つまり弁償する義務は負います。逆に言うと「わざとじゃないなら刑罰ではなく金銭で解決しろ!民事でやってくれ!」というのが刑法の態度です)。

(2):ただし、例外的に「わざとじゃない行為(=これを過失と呼ぶ)」も処罰される場合があります。その代表例が「人が殺される場合」です。わざと殺せば殺人罪(199条)ですが、間違って殺したに過ぎない場合は過失致死罪(210条)です。ちょっとビックリするかもしれませんが、過失致死罪は50万円以下の罰金にしかなりません(!!)。人が死んだのに「お金を払って、ハイお終い」です。一方、殺人罪は悪くすると死刑になります。故意と過失ではこれだけ大きな差があります。(※ただし「車を運転中、人を跳ねて殺した」というような場合は「過失致死罪」ではなく「業務上過失致死罪」(211条1項、2項)に当たるので、大半は懲役刑になります。初犯だと執行猶予が付くかもしれませんが..)。

(3):で、ここからがやっと「未必の故意」の話なのですが、「未必の故意」というのは故意のバリエーションの1つです。キーワードは 『起きるかどうかは分からない。でも起きたら起きたで仕方がない』 です。例えば、自分の車が故障中でブレーキの利きが悪いとします。しかし、急いでいるので車で移動したいと思ったとします。この時「えぇい、乗っちまえ!事故が起きるかどうかは分からんが、起きたら起きたでその時だぁ!」と思いつつ運転し、案の定、事故で人を殺してしまったとしたら、これは故意アリ、つまり「わざと人を殺したとみなす」ということです。結果だけでいうなら「アイツをひき殺してやる!」と思って殺したのと同じです(量刑には差が出るでしょうが)。もうお分かりかと思いますが、自分の車が故障していると知らずに運転した結果、事故が(不幸にして)起きてしまった場合は過失になります。

(4):法学部でのジョークに『デキちゃった結婚は未必の故意』というのがあります。これは「子供ができるかどうかは分からない。でもいいや!やっちゃえぇぇ!(←多分、つけない..)」と思いつつ、案の定、子供がデキてしまったら、これはわざと子供を作ったのとおんなじだ、ということ(これがホントの「密室の恋」?!)。確かに「まさかデキるとは思わなかったんだよ。1回だけだったし…」という言い訳は説得力がないでしょ?もとより子供の作り方を知らない訳はないんだし…。こういう場合は「デキちゃった..」なんて無責任な言い方じゃなくて、潔く「作りました」と言うべきでしょうなぁ、ということ。人が死んだ場合も同じ。「未必の故意」は「死んじゃった」じゃなくて、潔く「殺しました」と言うべき。

ただね、本当に難しいのは「未必の故意」みたいに「普段は聞かない言葉なので知らない」というケースじゃないんですよね。むしろ「普段の意味と法律上の意味が全然ちがう」ってケースの方が難しいんじゃないだろうか?例えば、上の説明にも出てきた「業務上過失致死罪」で言うところの「業務」の意味とか。これ、普通だと仕事を指しますけど(例:「銀行業務」)、ここでは仕事とは全然関係ありません。他にも、「暴行」と「傷害」の違いとか、あと民事だと「裁判」と「訴訟」の違いとか(民訴243条1項)。うーん、大変そう…。