意匠法における先願の取り扱い

以下、備忘録として…

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問題文はこんな感じ。

意匠法9条3項において、拒絶すべき旨の査定若しくは審決が確定した意匠登録出願について、先願の地位(先に出願した地位)を認めないこととした理由を述べ、先願の地位を認めないことによる弊害をなくすために、意匠法はどのような規定を設けているか、2つの意匠登録出願が同日に出願された場合と異なる日に出願された場合に分けて説明せよ。

【1:先願の地位(=後願排除効)を制限する理由】

(1):意匠法には(特許法と異なり、)出願公開制度がありません。従って、過去にどんな意匠が拒絶されたのか、他人は見ることができません。いわば「ブラックボックス」です。さて、このブラックボックス内の意匠に後願排除効を認めるとどういう事態が起きるでしょうか?誰かが「新しいデザインを開発したぁ!」と思って出願したら、自らは見ることのできないブラックボックス内の先願意匠で拒絶を食らうことが予想されます。「それなら出願なんかしなかったのに…」というのが出願人の心境でしょう。無駄な重複投資が生まれます。

(2):もう1つ厄介な問題があります。意匠は特許とは異なり、類似の範囲にまで権利が及びます(23条)。従って、先願に後願排除効を認めた場合、同一の意匠のみならず、類似の意匠も拒絶されることになります。拒絶された意匠に類似する意匠は(後願排除効によって)拒絶され、さらにその意匠に類似する意匠も拒絶され、さらにその意匠に類似する意匠も…、という具合に拒絶意匠が新たな拒絶意匠を生んでいきます。相互に類似する意匠はドンドン連鎖的に拒絶され、いずれは最初の意匠とは関係のない意匠まで拒絶されることになるでしょう(※参考図 fig.01)。しかも(既述の通り)拒絶された先願意匠は公開されないので、出願人はドンドン拡大する蜘蛛の巣のような「拒絶の網」を回避することができません。

(3):このような弊害を解決するためには(特許と同様に)出願公開制度を意匠にも設ける、という案が一応考えられます。しかし、予算の問題がありますから、そうそう簡単ではありません。従って「エイッ!ヤッ!」ということで、先願に後願排除効を認めないこととしました(9条3項)。


【2:同日出願】

(1):同一または類似の意匠が同日に出願された場合、当事者は協議をし、協議がまとまらない場合は双方とも拒絶されます(9条2項)。しかし、既述の通り、原則に従えば、拒絶が確定した出願に後願排除効はありませんから、拒絶を食らった当事者は再出願(=リベンジ)をすることが可能です。相手より1日でも早く再出願をすれば、今度は登録が認められるかもしれません。そもそもリベンジのチャンスがあるんだったら当事者はマジメに協議なんかしないかもしれません。あるいはリベンジの際に、二当事者とは全然無関係の第三者が現れて、(出願が最も遅れているにもかかわらず)「漁夫の利」を得るかもしれません。

(2):こういう事態はちょっと不公平なので、法は「協議が不成立の場合の拒絶については後願排除効を(例外的に)認める」という規定を設け(9条3項但書)、加えて「ブラックボックス問題」を回避するために協議不成立で拒絶となった意匠については意匠公報で公開することとしました(66条3項)。


【3:異日出願】

(1):同一または類似の意匠が異日に出願された場合は、最初に出願した人に登録が認められます(9条1項)。もっとも(当たり前のことですが)、他に拒絶理由があれば登録は認められません。例えば、出願意匠がすでに公知であるような場合は拒絶されます(3条1項1号)。さて、(そろそろ耳タコですが..)意匠法では原則、拒絶された意匠に後願排除効は認められません。従って、拒絶を食らった先願意匠と類似の意匠を出願しても登録が認められる可能性があります。

(2):具体例で言うとこんな感じです(※参考図 fig.02)。公知意匠Aがあって、意匠BはAに類似することを理由に拒絶されたとします(A≒B)。しかし後願の意匠CはBには類似するものの、Aには類似しないとします(C≒B、C≠A)。この場合、Cは登録が認められる可能性があります。Cの登録が認められた場合、困るのはBの出願人です。既述の通り、意匠の権利は類似の範囲に及びますから、Cの意匠権(=排他権)は類似意匠であるBに及びます。Bの出願人としては(幸か不幸か)特許庁から「あなたの意匠は公知意匠と類似ですよ」とお墨付き(?)をもらっているのですから、(排他権は得られないにせよ)Bは誰もが自由に使うことができる意匠なのだ、と期待するかもしれません。しかしCが現れたとたん、差止を食らうことになります。

(3):このような不測の不利益を回避するため、法は「一定の要件(=条件)を満たせば拒絶された先願意匠の出願人に通常実施権を認める」という規定を設けました(29条の2)。その要件とは、①:Cの出願前にBが出願されていること、②:Bの拒絶理由が事実として3条1項各号に該当していること、③:Cの登録前にBの実施または実施の準備が行われていること、④:Bの出願人とBの実施(準備)をしている人が原則同一であること、の4つです。かなりきつめの要件ですが、これを満たせばBの出願人には通常実施権が認められるので、Cの権利者にライセンス料を支払うことなくBを実施することができます。